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2006 Winter Olympics By ITALY

  2006年冬季オリンピック  トリノ大会

トリノ市内にある屋内競技場の他に、ピエモンテ州のスーザ渓谷(Valle di Susa)にあるいくつかの会場に分かれて開催された。 オーヴァル・リンゴット トリノ市内

スタディオ・オリンピコ・ディ・トリノ(27000人収容) - 開閉会式
オーヴァル・リンゴット(8500人収容) - スピードスケート
パラヴェーラ(6600人収容) - フィギュアスケート、ショートトラック
パラスポーツ・オリンピコ(8500人収容)、トリノ・エスポジツィオーニ - アイスホッケー
バルドネッキア(Bardonecchia):スノーボード
ピネローロ(Pinerolo):ピネローロ・パラギアッチョ - カーリング
プラジェラート(Pragelato):スキージャンプ、クロスカントリー、ノルディック複合
セストリエーレ(Sestriere):男子アルペン
サウゼ・ドゥルクス(Sauze d'Oulx):フリースタイル・スキー
チェザーナ、サン・シカリオ(Cesana - San Sicario):バイアスロン、女子アルペン、ボブスレー、リュージュ、スケルトン

大会マスコット
ネーヴェ(Neve)とグリッツ(Gliz) - モチーフはネーヴェが雪、グリッツが氷。 ネーヴェは丸頭で赤い丸みのある体の「女の子」で、グリッツは角張った頭と空色の体の「男の子」。


ハイライト
 開会式(現地2006年2月10日、トリノ・スタディオ・オリンピコで)
総メダル数1位はドイツの29(金11銀12銅6)、以下2位アメリカ合衆国25(金9銀9銅7)、3位カナダ24(金7銀10銅7)。
金メダル数ではオーストリアが9獲得しアメリカと並び2位、次いでロシアの8。
フィギュアスケート女子は、日本の荒川静香がショートプログラム3位からの逆転で金メダルを獲得。
オリンピックのフィギュアスケート種目では、アジア勢初の頂点に立った。


日本人選手の活躍
日本勢は前回のソルトレークシティ大会に続く不振で、113人という大選手団を送り込みながら、入賞も果たせなかった種目が多く、メダルはフィギュアスケート、荒川静香の金メダル1個だけにとどまった。1976年のインスブルック大会以来のメダルゼロという不名誉は免れたが、長野大会以降2大会のメダリストは長野での代表のみであり世代交代が一向に進んでいない現実を示した。
1984年サラエボ大会の北沢欣浩以来6大会連続でメダルを獲得していたスピードスケートはメダル獲得ならず、男子で及川佑、女子で岡崎朋美がそれぞれ500mで4位に入ったのが最高だった。長野、ソルトレークシティの両大会のメダリストである清水宏保は18位に終わった。
スノーボードは直前のワールドカップでの好成績から、メダル独占という声もあったが、予選落ちが続出する結果となった。また国母和宏や山岡聡子などハーフパイプ選手の選手村での生活態度の悪さも問題視された。 バイアスロンは最高成績選手でも50位台、お家芸といわれたジャンプも団体で6位入賞とまりであった。 一方で、1992年アルベールビル大会のノルディック複合団体以来4大会連続でメダルを獲得していたスキー陣(アルペン・ノルディック・フリースタイル)はメダルには届かなかったものの、皆川賢太郎と湯浅直樹がアルペンスキー男子回転で4位と7位に入り、1956年コルティナダンペッツォ大会での猪谷千春(現IOC副会長)の銀メダル以来50年ぶりのアルペン種目での入賞を果たした。また、ノルディックスキー距離女子団体スプリントで夏見円と福田修子のコンビが、日本の女子距離種目としては初となる8位入賞、日本女子カーリング代表「チーム青森」など大会前の低評価を覆し健闘したケースも目立った。                       

開会式
トリノオリンピックの開会式は先に述べたようにスタディオ・グランデ・トリノ(もともとムッソリーニ指令で建築されたスタディオ・コムナーレを改装)で開かれた。ステージには以前よりも大きなオリンピックマークがついていた。開会式のテーマは「情熱の火花」。
開会式には様々なルネサンスからバロックロココ、さらに未来派などを題材にした劇やアトラクション、巨大な聖書などが登場し、有名バンドなどの演奏もあった。また、地元イタリアのフェラーリのF1マシンを地元トリノ出身のF1ドライバーであるルカ・バドエルがステージ上に走らせるという心憎い演出もあった。聖火は点火されたのち、会場内を円周を次々と進み、最後に聖火台にともった。聖火台から遠隔された点火台は予想外のことである。点火台の後ろにはオーケストラ団が並んでいて有名バンドに続き、演奏した。
各国の選手入場BGMには、古今東西のダンスミュージックを中心として数多くの楽曲をDJが繋ぎBGMとして流された。「Walkie Talkie」を始めとした地元イタリアのマーク・ファリーナ楽曲を中心に、「I believe in miracle」「My fire」「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」「君の瞳に恋してる」などが使用された。
開会式のフィナーレは世界三大テノールのひとりであるルチアーノ・パヴァロッティが登場し、「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」を歌った。


閉会式のイヴェント 
閉会式は2月27日午前4時(JST)からスタディオ・オリンピコで行われた。テーマは「謝肉祭」。 閉会式直後にストリーキングの女が乱入したが、すぐに取り押さえられ、観客の視線はステージに集中していた為大事にはならなかった。
まず、クロスカントリースキー男子50Kmフリーの表彰式を行い、地元イタリアのジョルジョ・ディチェンタ選手の金メダル獲得に会場は歓喜に包まれた。
アトラクションでは、イタリア伝統の謝肉祭をイメージし、大道芸人による華やかなショーを展開した。とくに、風圧を利用した、スタントマンが空中を浮遊するアトラクションは観客を驚嘆させた。さらに各国選手団が、音楽にのって入場し、観覧席につくと、「フニクリ・フニクラ」の楽しい音楽にあわせて、客席からウェーブが巻き起こった。また、観客には予め、紙の仮面が配布され仮面舞踏会を意識した演出もされた。
その後、ギリシャ国旗・次回開催国カナダ国旗が掲揚され、途中、大会組織委員会のカステラーニ会長の挨拶の最中に男が乱入したが、すぐに係員に取り押さえられ事なきを得た。この男は29歳のスペイン人で、ボランティアの赤いジャンパーに似た服装をしていたがこれを脱いで乱入した。調べによると「イタリア人にあいさつをしたかっただけ」と話したという。
予定通り、ジャック・ロゲIOC会長が閉会を宣言した。オリンピック旗がトリノ市長からバンクーバー市長に引き継がれた。アヴリル・ラヴィーンがライブパフォーマンスをし、少年・少女によるヴェルディのオペラ「ナブッコ」の中の「行け、わが思いよ、黄金の翼にのって」が合唱されたのち、オリンピック旗が降納され、17日間わたって燃え続けた聖火を納火した。閉会後はリッキー・マーティンのライブコンサートなどが催され、「祭りの後」に花を添えた。



開会式(現地2006年2月10日、トリノ・スタディオ・オリンピコ)






フィギュアスケート、荒川静香の金メダル




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